囲碁第32期名人戦第七局
今日(9日)は、朝から病院へ行った。
午後四時からBS2囲碁名人戦第七局二日目を見る。張栩が勝ってタイトル奪還。しかし、第七局までもつれるとは思わなかった。4勝1敗くらいですんなり張栩勝ちかと思ったら、高尾が頑張った。
その後、梅澤由香里五段(女流棋聖)が趙善津九段に勝った碁をならべた。
司馬遼太郎・陳舜臣対談『中国を考える』(文春文庫)のあとがきで、司馬遼太郎は中国には古代が残っていると遠慮がちに書いている。アジア的専制のことである。これは北朝鮮にもあればベトナムにもある。この事を書いておかねば著者に対してフェアじゃないと思ったので前回に続いて書き足した。
関川夏央著『司馬遼太郎の「かたち」―「この国のかたち」十年』(文春文庫)によれば、張学良が自分を会見人に指名したと聞いて司馬遼太郎は非常に喜んだそうだ。しかし残念ながら、その企画は実現しなかった。
『中国を考える』で陳舜臣は張作霖を文盲であったという。その息子につけた名前が張学良・張学銘・張学思であり、軍閥の後継者となった張学良が西安事件を起こしたのは大義の人だったからだろう?ともかく一身の利害を優先する人ではなかった。
陳舜臣がいうには「明を建てた朱元璋も組織を自分で作って、それに乗って天下をとるんですけども、張作霖というのは組織作りじゃないですね。バイ菌みたいに入っていって、それを自分のものにしていく。そんなのがあそこの天下をとってしまうんですからね」
しかし張作霖は関東軍参謀などに比べてはるかに奥行き深く、しかも妙に純なところを隠し持っていたのではないだろうか?
司馬遼太郎は晩年懸案になっていたノモンハンを書かなかった。半藤一利が言うには「司馬さんという人はあらゆる資料を取り寄せて、片々たるものまで目を通して、その人物が友達になるぐらいまで読み込む人なんですね。そういう形でいうとね、ノモンハンのあの連中とは、よう付き合いきれなかったと思いますよ」
「関東軍参謀の服部卓四郎や辻政信などは、史料を読み込めば読み込むほど「友達になりたいような人物」ではなかった」
関東軍参謀がどんなタイプの人物であったかは、今日の官僚制が作り出す人物を思い浮かべればよい。
『司馬遼太郎の「かたち」』で勘違いしていると思うのは、バブルというのは人類の歴史で何回も起きている、別に日本人だけがバブルに踊る愚民だったわけではない。バブルの発生を防ぐことは出来ないが、ソフトランディングさせるのは可能だと言ったのはグリーンスパンで、その通りITバブルをソフトランディングさせた。
今回のバーナンキはバブルを拡大しつつあるのではないか?との気がしないでもない。新聞広告の週刊誌の見出しで見たジム・ロジャースの発言は正しいのではないだろうか?
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コメント
NCTの写真メールは、催促があればいつでも更新できる。取り敢えずこの間のハローウィンの写真がある。
投稿: Hank | 2007年11月12日 (月) 04時50分