黒いアテナ
岸田秀著『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館)はマーティン・バナールの『黒いアテナ』とその批判または論評を紹介している。
① Martin Bernal,Black Athena:The afroasiatic Roots of Classical Civilization,volume Ⅰ:The Fabrication of Greece 1785-185,Rutgers University Press,1987.
② Martin Bernal,Black Athena:The Afroasitic Roots of Classical Civilization volume ⅱ: The Archaeological and Documentary Evidence, Rutgers University Press,1991(邦訳『黒いアテナ―古典文明のアフロ・アジア的ルーツ2』上・下巻 藤原書店2004-2005)
上記二冊において、マーティン・バナールは①においてギリシャ文明はエジプト文明とフェニキア文明から派生した文明であると主張し、②においてその根拠を示している。
一方、下記二冊はバナール説に対する批判または論評である。
③ Mary R. Lefkowitz & Guy MacLean Rogers,edited,:Black Athena Revisited,The University of North Carolina Press, 1996.
④ Jacques Berlinerblau, Heresy in the University:The Black Athena Controversy and the Responsibilities of American Intellectuals,Rutgers University Press,1999.
佐藤優は『国家と神とマルクス』(角川文庫)において「ユダヤ・キリスト教的一神教、ギリシャ古典哲学、ローマの法体系の三つによってcorpus christianum(キリスト教的共同体)が成立していると書いている。近代ヨーロッパ精神と言うのは中世で成立した「コルプス・クリスチアヌム」の世俗化のプロセスであると書いている。
私の場合、岸田秀と同意見でギリシャ・ローマと近代ヨーロッパ文明とは何の関係もないと思っている。近代ヨーロッパ文明はキリスト教との葛藤から出現した。
ただし、佐藤優の西欧哲学についての薀蓄を読みつつ、私に刷り込まれている西欧思潮の他者性を実によく理解できた。つまるところキリスト教神学を無意識に無視した地平で西欧哲学を論じても見当違いな理解になってしまう。
数学の普遍性と西洋音楽の普遍性は信じている。西洋音楽といっても一様には言えないが、私の好みはどちらかと言えばローマ帝国の辺境に位置した国々のものだ。とは言ってもイギリス系はあまり好きではないがね。笑ってしまうほどではない。時々笑ってしまうのは歌曲やオペラのアリアなどで、表現がひどく滑稽に感じるのだ。
ただし、この稿を書き始めた理由は岸田秀が「夜眠れないとき、羊が一匹、羊が二匹と数える代わりに、レイテ海戦において栗田艦隊が謎の反転(実は敵前逃亡)をせずに、レイテ湾に集結していたアメリカ海軍の輸送船団に突入していたら、どれだけ戦果が上がってただろうかと考え実現しなかった戦闘場面を一つ一つ詳しく想像し始め、そのうち眠ってしまうことがある」と書きかつしかも栗田艦隊と栗田中将を弁護しているからだ。
笠原和夫は『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』(太田出版)において「臆病風に吹かれただけ」と言っている。
囮になった西村艦隊は全滅しているのだから、栗田艦隊にはレイテ湾に突入してもらいたかったものだ。そうすればレイテ島に上陸している20万マッカーサー軍は孤立した。
敗戦時12歳だった岸田秀はいろいろ栗田弁護論を繰り出すが、その感情的なものに興味を覚える。まあわからないがね。
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